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 !  必 読 事 項





主人公/京一/村雨/雷紋
執筆:ナツ
スクロールする前に必ず ココ を読んでね。

デフォルト主人公名ではありません。
照日野日架流(てるひのひかる)愛称:ひーちゃん となっています。


天災は、忘れた頃にやってくる

 放課後。
 明日が休みの金曜日ともなれば、蓬莱寺京一が照日野日架流のアパートに転がり込んでくるのはいつものことだったが、その日は多少様子が違っていた。
 普段なら、学校に来るにもうすっぺらいカバンと木刀一本という格好の京一が、ぱんぱんに膨らんだどでかいディパックを担いで現われたのだから。
「どうしたんだよ、それ!? どっか旅行にでも行くのか?」
 そんな訳で、日架流が思わずそう訊ねたのも無理のないことだった。
 京一は担いでいた荷物を降ろした。何が入っているのか、日架流の足の下の床に、ずしりとした重力がかかる。
「なぁ、ひーちゃん、ものは相談なんだけどさ」
 いつもよりワントーンくらい声を落し、京一が真剣な表情で言った。
 彼がこういう時は、自分の経験上の確率ではろくな話にはならないと思いながらも、まあ聞くだけは聞いてやろうと、真剣な表情で日架流は口を開いた。
「何?」
「あのさ、一週間くらい、俺、ここに泊めてくんねえ?」
「一週間っ!?」
 一日二日ならともかく、一週間とは度を越えている。
 日架流は呆れかえった。
 だがすぐに、京一がそんなことを云い出すには何かよんどころない事情があるのかも知れないと思い直す。
「何だよ、何かあったのか?」
 ひょっとしたら、自分達が立ち向かっている『敵』が動いているのかも知れない。
 そんな日架流の不安を煽るかのように、京一の眼はさらに真剣味を帯びていた。
「実は」
「実は……?」
「実は、今日から姉貴が家に帰ってくるんだ」
「はぁっ?」
 こればマンガの中ならば、ゴマつぶの眼が顔に二つくっついたような表情になるであろう。
 日架流は思わず己の耳を疑った。
「京一のお姉さんが、家に帰ってくる?」
「ああ」
 京一は至って真面目な表情を崩さず、こくり、と、ひとつ頷いた。
「で、それで、京一が何で俺の家に一週間も泊まることになるんだよ?」
 原因と結果をどう結びつけていいのか全くわからない。実の姉なら、同じ屋根の下で十数年も一緒に暮らしてきたはずではないか。
「旦那の実家から帰ってきてんだよ。なんか、また姑とケンカしたとかでさ」
 そうか、京一のお姉さんはもう結婚しているんだな、と日架流は頷きつつ、やはり「それが?」と聞き返さずにはいられない。
「それだと、お姉さんは久しぶりに家に帰ってきてる訳だろ? たまのことなんだから、会って家族の絆を深めればいいじゃないか」
「冗談じゃねぇ!」
 日架流の言葉に、間髪を入れずにそう声を上げる。
「ひーちゃんは俺の姉貴を見たことがねえからそんなオソロシイことが云えるんだよッ。あいつは鬼だ、悪魔だ、いや、それ以上だッ」
「あはは……いくらなんでも言い過ぎだろ、それは」
 乾いた笑いを浮かべながら日架流が言うが、京一は「そうじゃねえ、」と一喝のもとに否定を返す。
「ただでさえ狂暴なのに、姑とケンカした後で怒りゲージマックスのヤツを相手にしてみろ、俺の命がいくつあっても足りねえよ……ったく」
 お前、自分の木刀技がどれくらいの非人間的な破壊力を持っているのを知っててそれを云ってるのか?
 とツッコミたい心もあったのだが、相手のいつに無い熱心さに、日架流はとりあえず折れることにする。
 どうせ二三日も居座れば気も変わるだろうし。
「わかった。そんなに言うならいいよ、泊まっても。けど、食費はちゃんと出せよな」
「サンキュー、ひーちゃん! やっぱ心の友は違うぜッ」
 背後にお気楽鳥がパタパタと羽ばたいていきそうな笑みを浮かべた京一がぐわしっ、と抱き付いてくる。
「あ、あと、光熱費と水道代もちゃんと別で取るからな」
 醍醐相手だと、自分の我侭が通じないと解っていてわざわざ俺を選んで来ているくせに調子のイイヤツだと、日架流は多少ひねくれつつ、そんな意地悪を言ってみる。
「うっ……って、ツケとか……効くよな? 利息ナシで」
 年がら年中赤貧でひいひい言っている京一が、金を払ってでも居座りたいというのも奇妙なことだ。
 結局、日架流は鬼にはなきりれないらしい。
 気が付けば、
「それじゃ、京一の出世払いってことにしとくよ」
 と、日架流の口は勝手にそう喋っていた。


*


「それにしても……」
 細い女の子なら一人くらいは余裕で入りそうな大きさの京一のディパックは、1DKの部屋の中でやたらと存在感があった。
「一体何をそんなに持ってきたんだよ?」
 どう見ても、一週間分の着替えや、絶対にありえないことだが教科書などの類では、ここまでの荷物にはならない。
 日架流が問うと、京一はへへへ、と例のごとく笑い、ディパックのチャックを開けた。
 開いたそこから、なにやらゴツゴツと、カラフル……主に肌色やピンク……なものがみっしりと覗いた。
「……京一?」
 日架流は自分の目を疑った。
「ん? 何だよ」
「あのさ、俺にはどう見ても、それ、エロ本やらエロビデオやらエロゲーの山に見えるんだけど……」
「ピンポ〜ンッ」
 実に嬉しそうに京一がとりだしたのは、『桃色電車、女の(以下略)』とか、『縛って愛して(以下略)』とか、そういったタイトルのものだった。
「京一……お前、そこまで餓えてたのか……」
 言ってくれればいつでも俺がいるのに(それも何か違うが)と、日架流の目頭が熱くなる。
「だあああ、ひーちゃんっ、何か変な誤解してんじゃねーだろうなッ!?」
「するなというのか、これを見て!」
 それは常識的に無理というものだ。
「これはだなッ、男子剣道部に代々受け継がれてるものなんだよッ! 俺が買った物は……いやそりゃあ、まあ、少しはあるけど……とにかくだなッ、今週末に校舎と道場の定期点検があるからっつって、部室から俺が預かってる訳だッ」
 ひと息にそう喋ると、京一は息を切らせて肩を上下させた。日架流は彼に聞こえないように、小さい声でぼそり、と呟く。
「つうか、どういう部活だ、男子剣道部……」
「とにかくよ、姉貴がいるのに、コレ、部屋の中に置いておけねーだろ? あいつ、俺が学校行っている間にヒトの部屋を勝手に漁りやがるからよ」
「なるほど」
 確かに、自分がいない間に勝手に部屋に入られて、こんなものが見付かってしまった日には、何を言われるかわかったものじゃない。
 その気持ちは、日架流にもよく解った。確かに、ベットの下に隠す量にも限度というものがある。
「で……ひーちゃん、ものは相談なんだけどさ」
「まて、京一、それ以上云うなっ」
 日架流の部屋にはもちろんテレビがあり、それからビデオデッキがある。その上一人暮らし。これ以上、やましいモノの数々を鑑賞するのにいい条件はないだろう。
 京一が両手を胸元で組み、<お願い神様っ>といったポーズを作っている。
「却下」
「いいじゃねーか、なっ、ひーちゃん、頼むっ」
 頼むと云われても、男二人でエロビデオ鑑賞なんて真冬の日本海より寒いことなんざやってられっか! というのが日架流の本音である。……本番をするならともかく(ちなみに、これは真冬のシベリアほど寒い)。
 ピンポーン。
 なおもしつこく食い下がってくる京一を一蹴したところで、不意に玄関のチャイムが鳴った。
『よー、先生、俺。いるんだろ?』
 ドンドンというノックに続いて、ドア越しに、効き慣れた声がする。
 日架流を『先生』と呼ぶのは、一人しかいない。仲間の、村雨祇孔だ。
 鍵を開けると十八にしては大分老けて、いや、貫禄のあるがっしりとした体格の男が手土産の菓子折りと一緒に入ってくる。
 彼の後ろに続いて、ナゼか雨紋雷人が「邪魔するゼッ」といった威勢よく上がってきた。
「週末だし、久しぶりに先生と卓でも囲もうかと思ってよ……お、やっぱり京一も来てたか。これで丁度四人だな」
「しかし、珍しい組み合わせだよな、村雨と雷人って」
 日架流が言うと、村雨は
「携帯の番号でルーレットしてゲット」と、雷人を指した。
 繋がっているワンルームとキッチンは、男子高校生が四人も入れば、一気にせま苦しくなる。
 そういえば客に茶も出していなかったと日架流は気付き、折りたたんだテーブルを押し入れの中から出してくる。
 しかしその間に、悪事は進んでいたらしい。
「ふーん。俺ァ、あんまり胸がでかすぎるのは却下だな」
「何!? いいだろが、巨乳ッ!」
「いや、やっぱり、バランスが大事だろ、バランスが」
 嫌な予感がして見ると、エロビデオのパッケージを見比べながら、京一と村雨が言合っている姿が眼に飛び込んできた。
「キミタチ……」
 その横で、会話に加わらないまでも、雨紋もビデオのパッケージを手にとって興味津々といったカンジに見つめていたりする。
 まあ、十八歳の健全なる男子としては、その気持ちが解らないでもない。
「んじゃ、雷人はどーなんだよ、好みとしては?」
「オレ様? オレ様は……黒髪とか和服とかってのが……イイかな」
 自分の髪を金色に染めている雨紋は、その外見とは裏腹に、和風好みらしい。
「で、先生の好みはどうなんだ?」
 村雨が不意にこちらに話を振ってきた。
 こうなると、もう、後は場の流れるままに任せる方がいいだろう。
「……強いて言えば、細身、かな」
 テーブルの足をセットしつつ、出来る限り平静を装いながら、日架流はそう答えるしかなかった。


*


『人妻たちの(以下略)』というタイトルのついたテープが、ビデオデッキの中に吸い込まれていった。
 それはジャンケンの末に勝った村雨が、適当に選んだ一本である。
 日架流は、リモコンでビデオチャンネルにセットした。
「けどよぉ、男が四人も集ってエロビデオ見るってェのも、なンか不健全だよな」
「そういう冷静な分析をしちゃいけねぇな、雷人」
 ぼそりと呟いた雨紋に、村雨が返す。
 日架流は心の底で、氷河期のエベレスト山頂くらい寒いよ、となどとミもフタもないようなことを思っていたが、敢えて口には出さなかった。
 日架流だって、多感で健全な男子高校生であるからして、こういうものへの興味がゼロであるはずはない。
 キュルキュル……という再生音が響き、画面にタイトルが現われた。
 代々真神学園男子剣道部に受け継がれているという代物であるせいか、画像はあまり綺麗ではない。
 短いナレーションが入り、男優と女優が短く適当でどうでもいいような台詞を交わしたら、息をつく暇もなく、すぐに本番の場面である。
 裸になった男女が口付けを交わし、抱き合い、ベットに倒れ込む。
 女優の吐息が、画面の向こうで熱い響きを帯びた。
 まさしくその時!
 ピンポーーーン
 ピンポーーーン
 男たちの興奮を無視したチャイムが突如として鳴り響いた。
「うわああっ、ビデオ、止めろッ!」
 疾風のような手の動きで、京一がリモコンの停止ボタンを押す。
『すみません、照日野さん、いらっしゃいますかー?』
 今日は訪問者の多い日らしい。
 ビデオを止めた一同はとりあえず胸をなで下ろした。
 日架流は立ち上がり、玄関の戸をガチャリと開ける。
 回覧版か何かだと思ったのだが、相手は、近所で見かけない女性だった。
 色素の薄い赤色の髪を腰の半ばまで伸ばしてある。年齢は二十代半ば。猫顔の美人だ。女性にしてはかなりの長身だろう。まとっているチャイニーズレッドのロングコートが、彼女の持つ華やいだ雰囲気によく似合っていた。
「あのぉ……どちら様でしょうか?」
 日架流が訊ねると、女性は微笑んだ。
「貴方が照日野日架流クンね? はじめまして。馬鹿な弟が何時もお世話になっています」
「え?」
 目を丸くしている日架流を尻目に、女性は続けて、
「ちょっとお邪魔させていただいていいかしら? すぐに帰りますから」
 と、日架流の返事も待たずにミュールを脱いで部屋の中へと上がっていく。
「あの、ちょ、ちょっと」
 その持つ雰囲気に気圧され、制止することができずに、日架流は彼女の後を追う。
「京一!」
 突然、女はそう叫んだ。
「あ……姉貴ッ!? なっ……どっ……」
 と言ったまま絶句してしまった京一の元につかつかと歩みよると、姉はにっこりと、華が咲いたように優雅に笑う。
 その笑顔の言い知れぬ圧力に、日架流を始めその場にいる全員、背筋が凍りつく。
 ヘビに睨まれたカエル、とはこういう状態を言うのかも知れない。
「京一、貴方、私が帰って来るっていう日に、どーしてこんな大荷物を抱えて友達の家にいるのかしら?」
 姉は、むちゃくちゃ機嫌が悪いらしかった。それはもう、史上最低最悪といっていいくらいに。
「まさか、私が帰ってくるって言うんで、ここに逃げてきた訳じゃあ、もちろん、ないわよね?」
 瞳はあきらかにマグマのごとき怒りが篭っているのに、姉の顔から笑顔は消えず、口調も、まったく変わらない。
 こここここっ、怖い! むっちゃくちゃ、怖い!!
 その場にいる男子全員が、戦慄の恐怖を覚えていた。
「それとも、ひょっとして、一年も会わなかったから、私のことなんて忘れちゃってるって訳? それなら、京一に思い出させてあげるためにも、あることあること、全っ部あらいざらい喋っちゃった方がいいのかしら。ね、アン子ちゃん?」
「ア、アン子、って……?」
 一体どこに真神学園新聞部部長の遠野杏子がいるのかと眼を凝らすと、
「ぜひ聞きたいです、それ!」
 と、開け放したままの玄関から、カメラを持った女性がひょっこりと顔を覗かせた。
 事態の成り行きが理解できず、目を白黒させている日架流以下三人に、杏子は「そうそう、」とコンパクトカメラを示した。
「さっき皆がビデオ見てるとこ、隣の家のベランダ越しにバッチリ、カメラに収めさせてもらったから」
「なにーっ!?」
 男子四人の驚愕が、アパートの天井を震わせた。
「その上、京一の隠された過去! なんてオイシイネタを聞かせてもらったら、真神新聞の紙面があと二ページは埋るわよね。今月はスクープを取れなくて困ってたんだけど、これでバッチリ、赤字返上だわ! お姉さん、本当に、ありがとうございますっ!」
「こちらこそお礼を言わなきゃ、アン子ちゃん。私も、ここの場所を教えてもらって、すごく助かったんだから」
 心から生き生きとした表情で目を輝かせた杏子の差し出した手を、京一の姉は硬く握り返した。
 その瞬間、彼女たちの耳には勝利のファンファーレが高らかに鳴り響いたことだろう。
 熱い握手を終えた姉は、相変わらず硬直したままの京一に視線を落した。
「それはそうと、久しぶりに実家に帰ってきたお姉様に、何か言うことがあるんじゃないの? 京一?」
 京一は完全に敗北を認めて、消え入るような声で呟いた。
「……スミマセン……」
 つっ、強ぇぇッ、強すぎるぞ、京一姉!!
 この場にいた京一を除く男子全員の胸に木霊したのは、本心からのそんな台詞であった。


*


 後日。
 杏子から、エロビデオ鑑賞の証拠フィルムを取り返すために、四人の男子は、新聞部の掃除や、取材の荷物持ち、器材の調達をやらされた。
 そのかいがいしい努力のかいあってか、日架流と京一と村雨と雨紋の恥ずかしい写真は、真神新聞のトップを飾ることはなかったという。

 教訓。
 地震・雷・火事・姉貴。
 すべてはこれ皆、天災である。
 汝、くれぐれも忘れることなかれ。

京一の姉ってどういう設定なのかいまいち不明です。
真神庵で結婚してるという記述を見たので、それを採用しました…… BY ナツ

Web初掲載:2000/06/12
Web再掲載:2000/12/01



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