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 !  必 読 事 項





キャラ設定について
京一/龍麻/醍醐/小蒔/美里
執筆:A氏
スクロールする前に必ず ココ を読んでね。

子 夜 歌

 龍山から己の過去を聞かされた龍麻は見た目にはさほど衝撃を受けているようには見えなかった。
 淡々と語られる龍山の言葉に取り乱すこともなく、ただ静かにに聞き入っていた。
 父・弦麻のこと。
 母・迦代のこと。
 そして、頭上に輝く《宿星》のことを。
 すべて、……あきらめでも、投げやりでもなく……何も彼もを飲み込むように。
「……さて、どうする?」
 その龍山邸からの帰途につきながら、皆一様に無言だった。
 日頃の喧騒を知る新宿からさほど離れているわけではないのに、竹が連なるこの道には深い静寂だけがあった。
 それが一層、彼等を沈思へと追いやったのだろう。
 光が溢れる街中に出て、ようやく我に返ったように醍醐雄矢が仲間を振り返った。
 醍醐の言葉に誰もが一番後方に立つ龍麻にちらりと視線を送る。
「……もう随分と遅い時間だね」
 アルタビルの壁面の時計を見上げて、龍麻はそう言った。
 時間はとうに九時を回っている。
 彼はどこか不安げな顔を見せる仲間たちに気付いて、にこりと笑いかけた。
「美里。桜井。……家の人が心配しているよ。もう帰った方がいい」
 その言葉に葵と小蒔はお互いに顔を見合わせると、何か言いたげに龍麻を見た。
「……きっとマリィがやきもきしてるよ。オネエチャンがまだ帰ってこないって。小蒔も弟さんたちが騒いでるんじゃない?」
 結局言うべき言葉が見つからなかったのか、重ねて言われて二人は不承不承うなずいた。
「そうね……連絡もいれてなかったし」
「そういえば、ボクも……」
「だったら、尚更だよ」
 二人を安心させるように、龍麻がまた笑う。
 その笑みは皆が見慣れた、……人の心を癒すようなそんないつもの笑みだった。
 何となくほっとして、二人も龍麻に笑みを返す。
「で、ひーちゃん、お前はどうするんだ?」
 そんなやり取りを今まで静観していた京一がそう尋ねた。
「俺?もちろん帰るよ」
 当然というふうに龍麻が答えた。
 そんな様子もいつもと何等変わらない。
 それなのに、どこか…彼を遠くに感じる。
「だったら俺が送ってやるよ」
 そんな自分の内の不安を追いやるように京一はわざと明るく言い放った。
 だが、龍麻はうーんとわざとらしく首を傾げて呟いた。
「……そうやって大事にされると、なんか俺ってば、か弱いお姫様みたいだなァ」
「アホーーーっっっ!誰がお姫様だ、誰が!」
 んなデカいお姫様、俺は認めんッ!とばかりに、軽口を叩いた龍麻の頭を布に覆われたままの木刀で京一がこづく。
 それをまあまあと手で押さえると、醍醐は真剣な表情で龍麻を見た。
「敵の狙いがお前らしいということが判明した以上、一人で帰すわけにはいかないぞ」
 穏やかに、しかしきっぱりと醍醐は宣言する。
 瞬間、龍麻の瞳がわずかに揺らいだ。
 ほんの…誰も気付かぬほどの微かな揺らぎは、だが、すぐに浮かんだ笑みにかき消された。
「ありがとう。でも……醍醐ってばお父さんみたいだよね」
 くすくすと笑いながら、そんなことを言う。
「……あのな、俺は〇歳で子供を作った覚えはないぞ」
 むっつりと答える醍醐の隣で、龍麻に同意するように小蒔がうんうんと何度も頷いた。
「ひーちゃん、それわかる〜ッ。醍醐くんって、どっしりとしてて、まさに世の理想のお父さんッ!て感じだもんねッ」
「桜井……ッ、お前まで!」
「……お前らなぁ、道のド真ン中でじゃれ合うなよッ。皆、見てるじゃねェかッ」
 わあわあと言い合う三人を呆れたように京一が言う。
 そんな京一をジト目で見ながら 「京一にだけは言われたくないな、ボク」
「俺も」
「まったくだ」
 口を揃えて非難する。
「んだと……!」
「じ、じゃあ、もう時間も時間だし、いつまでもここにいないで帰りましょうか?」
 三人の態度に切れかけた京一に、慌てて葵が提案した。
 怒りをそがれた体の京一は何度か瞬きすると、むっつりと黙り込む。最もじろりと鋭い一瞥を三人に送ることを忘れなかったが。
 仲裁に入った葵を気遣うように龍麻も頷く。
「じゃあ、醍醐。美里と桜井を送ってくれる?」
 訊かれて醍醐が
「お前はどうするんだ」
と龍麻を見た。
「俺は……せっかく申し出てくれたんだし。京一に送ってもらおうかな」
 そう言って、ふて腐れた表情のままの京一の肩を宥めるように叩く。
「な、京一。送ってくれるだろ?」
「……仕方ねェな。ひーちゃんがそう言うなら送ってやってもいいぜ」
 自分で言い出したこともすっかり忘れたような京一の言葉に小蒔が思わずツッコミを入れようとするのを龍麻は軽く手で制すると、
「お願いします、蓬莱寺クン」
 しおらしく手を合わせて見せた。
 それに満足したらしい京一が、胸を張って力強く『宣言』する。
「おーし、任せておけ!俺がひーちゃんを責任持って送ってやっからッ!」
 あまりに単純な京一に小蒔は小さくため息をつくと、隣に立つ醍醐だけに聞こえる声で呟いた。
「ホント、京一って扱いやすいよねェ」
 その言葉に、夏期講習でも龍麻の『泣き落とし』をくらってしぶしぶと補習に向かっていたのを思い出し、醍醐は大きく頷いたのだった。

 都庁方面−−灰色の高いビルが立ち並ぶ、オフィス街であるこちら側は、週末の、しかも時間が時間なだけに人も疎らで、駅周辺の喧騒が嘘のようだった。
 三人と、新宿駅で別れた龍麻と京一は夜の静寂に包まれた街を言葉もなく歩いていた。
「……何か聞きたいこと、あるんだろ?」
 ふと尋ねられて、京一は自分よりわずかに低い位置にある龍麻の顔を見下ろす。
 長めの前髪に隠れた表情は怒りにも、悲しみにも、そしてまったくの無表情にも見えた。
「……まァな」
 龍麻の言葉に否定するつもりはなかった。
聞きたいのはおそらく自分だけではなかっただろう。
 醍醐も小蒔も美里も、皆が思っていたはずだ。
「お前さ、……じいさんの話聞いても驚いてなかったな」
 『宿星』や何だはともかく、実の父母がいるというのに龍麻の表情はまったくの素のままだった。
 その事実があまりに衝撃的だったというのではない、たぶん−−。
「……知ってたんだな?」
 龍麻は小さく頷いた。
「養子だってことはね。父−−本当は伯父に当たる人なんだけど−−から聞いてたから」
 確か、あれは中学に上がったばかりの頃だった。
 養父母が実の父母の存在を龍麻に告げたのは。
 父、弦麻と母、迦代のことを。伯父は父のことを兄弟だからということだけでなく、心から尊敬していたという。だからこそ、息子である龍麻に彼等の存在を知っていてほしいと、息子であることを誇りに思ってほしいと。
 だから、真実を話すのだと、そう言った。
 その時は正直、ショックだった。
 だが、どこかでその事実をすんなり受け入れている自分もいた。−−やはり、そうだったのかと。
 しかし、その事実を告げた養父母も、どれほど、龍麻が父母のことを訊こうと−−どこで死に、なぜ死んだのかを尋ねても教えてはくれなかった。
 そして、その五年後。父の知り合いらしい鳴瀧が彼の前に現れ、父が修めていたという武術を教えてくれた。だが、鳴瀧もまた、それ以上のことは教えてはくれなかった。
「……だから、父の死の原因を誰かから聞いたのは今日が初めてなんだ」
 龍麻の言葉に京一がわずかに眉を寄せた。
「誰かから?」
 呟くようにもれたそれに龍麻が目を瞬かせる。
 唇に、苦笑が閃いた。
「……京一ってやっぱすごい。勉強とかは、あんなにできないのに……」
「……あのなァ、ひーちゃん。醍醐や小蒔みたいなコト言うのはよせ」
 どうせ俺は勉強ができねェよと、ふて腐れたように京一が言うのに、慌てて龍麻は笑いを納めた。
「ごめん。……でも、ほんとにすごいよ」
 まじまじと濡れたように光る青みがかった黒い大きな瞳に見つめられて、何となく居心地悪そうに京一が頭をかいた。
「そこまで言われると、逆に……なんつーか、あー、困るつーかさ……」
「そうかな?」
 と、不思議そうに龍麻が首を傾げる。
「そうだよ。……んで?ひーちゃんはオヤジさんのこと知ってたのか?」
「知ってた…っていうより思い出したっていうのが正しいのかもしれない」
 初めて『力』を持つ人間と対峙した瞬間、脳裏によぎったのは自分を抱いた父の姿だった。逆光のせいか、それとも自分の記憶がおぼろなせいなのか、顔は影のように黒く塗りつぶされていた。
 それでも、伝わってくる父の暖かさを。
 祈るように綴られた言葉をはっきりと覚えている。
 そして、その後に起こった出来事も。
 それは……胸が痛くなるような切なさと、……龍麻自身の罪を突きつけられた記憶だった。
「ひーちゃん……?」
 記憶の淵に沈んだ龍麻を京一が不審そうに呼ぶ。
 その声にゆらりと龍麻の顔が上がった。
「……父が死んだのは俺のせいかもしれない」
「あん?」
「かもじゃなくて……俺のせいなんだ」
 唐突な龍麻の言葉にますます京一は眉をしかめる。
「父は……俺を護るために自分の命をかけた。あの男は父を欲していた。だから、……母亡き後、父をこの世界に引き止める俺を殺そうとして。……それを護ろうとしたんだ、だから死んだ……。皆だって……俺が転校してこなければ、こんな事に巻き込まずに済んだかもしれない。だって、偶然なんかじゃなかった。俺たちが出会ったのは……そして、そのきっかけは俺……ッ」
 自分自身を責め立てるような龍麻の言葉がふいに上がった乾いた音に遮られる。
 龍麻は驚いたように自分の頬を叩いた京一を見つめた。彼は怒りとも悲しみともつかぬ表情で龍麻を見下ろしていた。
「……阿呆なコト言うなよ」
 表情とは正反対に、優しく…諭すような声が龍麻に降り注ぐ。伸ばされたままの両手が今度は労るように頬を撫でた。
「ひーちゃんのせいであるわけねーだろが」
「でも………」
 瞳を伏せる龍麻の顔を持ち上げると京一は真剣なまなざしで見つめた。
「俺は、『運命』とか『宿命』とか…そんなのくだらねェとか思ってたし、当然信じる気にもならねェ。……でもお前は本当にその真っ直中にいるんだよな……。だったら、そのオヤジさんのことだって、そういうくだらねェもんが勝手に決めた事でお前のせいじゃねェだろ」
 あっさりとそう言い切った京一に龍麻は目を見開いて、まじまじと顔を見つめた。
「京一……」
「それとも何か?お前がムリヤリ、オヤジさんに『行け』っとか命令したワケ?……違うだろうが」
 おどけたような口調に龍麻が慌てて否定する。すると、揶揄うような笑みは、とても優しいものに変わった。
「だったら、さ。
それはひーちゃんのせいじゃねェよ」
 先程まで頬にあった手がくしゃくしゃと龍麻の頭を撫でる。子供のような扱いなのに、それでも、それは心地好くて、龍麻はそのまま素直に頭を預けた。
「それに俺たちはひーちゃんに言われたからこうして闘ってるわけじゃねェぞ。皆、何かしら護りたいものがあって……それはあいつらそれぞれだけど、……それで勝手にやってんだろ。きっかけは何であれ、決めたのは俺たちだ。そのことまでひーちゃんがそうやってウダウダ考えて、抱えようとしなくてもいいんだぜ」
 にっと、京一が笑う。
「なッ?」
 その明るい笑みを見ながら、龍麻は心の底から何かがわき上がってくるのを感じた。
 胸の奥から、塊のように吐きだされようとしているそれに押し出されるように喉と瞼の辺りが熱くなった。
「…ひ…ひーちゃんッ?」
 熱い熱いそれが瞳から流れ落ちる。
「ごめん、俺……こんな」
 自分の頬をこぼれ落ちていくものを無意識に手のひらで受け止めて、龍麻が困惑したまま謝罪する。
 泣くつもりなんてなかった。
 だが、意思に反してあふれてくるそれはどれほどぬぐっても消えようとはしなかった。
 必死に涙を拭うその手をそっとつかむと、京一は龍麻の身体ごと自分の腕の中に閉じ込めた。
「……京一?」
 ふいに抱きしめられて、龍麻が不思議そうに名を呼ぶ。
「……俺はなーんも見てねェぞ」
 と、ぶっきらぼうにそれだけが返ってきた。
「お前が泣いてるトコなんて見てねェから」
 だから泣け。というのか、それとも今のうちに泣きやめというのだろうか。
 そのまま、黙りこんだ京一を腕の中からそっと見上げると、その顔が少しだけ赤いのが分かった。
 京一らしくもなく照れてるのだ。
 そう気付いて、龍麻は笑った。
「……なに笑ってんだよ」
 腕の中で、突然、笑いだした龍麻を京一が憮然とした様子で見下ろす。
「だって、いつもはどんなにスゴいこと言っても赤くなったりしないのに」
「あのなァ、俺の辞書にも『ハジライ』の単語くらいはあるってーの、まったく」
 泣いたり笑ったり忙しいヤツだなと口では言いつつも、笑顔の龍麻に京一も安心したように笑う。
「……なァ、ひーちゃん。俺、来年真神を卒業したら…、ちょいと、旅に出ようかとおもうんだ。行き先もなんにもまだ決めちゃいねェだけど、そうだな、中国とかも悪くねェよな」
 そこまで言うと、何故か慌てたように京一は言葉を繋いだ。
「あ、あそこは気孔・発剄の発祥地だし、俺の師匠が剣の修行を積んだ地でもあるからなッ」
「京一の師匠って……そうなんだ」
 へえと腕の中で感心したように言う龍麻の肩を優しく押し返し、身体を離す。
 されるがままに身体を離して龍麻が京一を見上げる。
 真摯な瞳が真っ直ぐ自分を見つめていた。
「だからよ……。もしも…全てが終わって、無事に卒業できたらよ、ひーちゃん…、お前も一緒に行かねェか?」
 いつもは苛烈な光を放つ瞳がいまは優しく和らいで龍麻を映している。
「んでさ、……オヤジさんに会いに行こうぜ」
「京一………」
 その言葉にまた涙がこぼれそうになるのを龍麻は必死でこらえると、代わりに笑みを浮かべた。嗚咽に震えそうになる声を隠すようにわざとおどけた口調で言う。
「それで『おとおさん、ボクに息子さんをください』って言うの?」
 一瞬、呆れたように京一が龍麻を見たが、すぐに笑みを浮かべると、うんうんと話を合わせ始めた。
「やっぱし、両親へのご挨拶は大事だよな……って、ちょっと違うぞ、そりゃ」
 ていっと自分でのっておきながら、木刀で殴るふりをする。それに龍麻も痛がるふりを返すと、二人は顔を合わせて笑いだした。
 ひとしきり笑ってから、京一は静かに龍麻の頬に手を伸ばした。こめかみから頤へ指先を滑らせると、そっと龍麻の唇に自分のそれを落とす。
 触れるだけの、優しいくちづけ。
 唇に降りた暖かな感触を素直に受け止めて、龍麻はゆっくりと目を閉ざした。
 その瞼から頬、そして唇に再び京一のぬくもりが落ちる。
 なぜか抱きしめられた時のように身体全体に京一を感じて、そして、そう思った自分が恥ずかしくて、龍麻は瞳を開いた。だが、それはその先の、愛おしそうに自分を見つめる京一の瞳にぶつかって、またすぐに伏せられる。その後を追うようにして顔を覗きこむと、京一はいまだ涙の残る龍麻の瞳をしっかりと捕らえた。
「……ひーちゃん。俺は−−最後までお前といくからな」
 静かに、しかし揺るぎない決意を込めて囁くと、龍麻がぴくりと肩を震わせる。
 ゆっくりと黒い瞳が京一を見つめた。
「……ずっと一緒に、さ」
 その瞳から再び、透明な滴がこぼれ落ちた。
 京一は静かに龍麻を抱き寄せると、その涙を吸うように優しく唇を落とした。
「龍麻…………」
 耳元で囁かれた自分の名を聞きながら、龍麻はそっと京一の胸に身体を預けた。
 暖かいぬくもりが身体だけではなく心の中にも染み透るのを龍麻は強く感じていた。

Web初掲載:1999/10/22
Web再掲載:2000/12/01


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