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キャラ設定について
鳴滝/弦麻/迦代
執筆:A氏
スクロールする前に必ず ココ を読んでね。

花 月 夜

 廊下で怒気もあらわな大柄の少年とすれ違い、鳴瀧は不審そうな表情で彼を見送った。だが、肩を怒らせた少年の方は足音も荒く、通り過ぎた鳴瀧のことなどまるで眼中にもないようだった。
 その理由に思いあたって、鳴瀧は苦笑する。
 兄思いの少年のことだ。今日の式も、そして明日からのこともおそらくすべて気に入らないのだろう。そして、それを本人にぶつけて、玉砕してきたというところか。
 ……確かに、本来なら今日の結婚式――鳴瀧の親友である緋勇弦麻とその細君となる迦代の式はもっと大勢の人間に祝福されてしかるべきものだった。
 古武術の大家である緋勇本家の跡取り息子と上流に属される御名方の一人娘の式は、しかし、それぞれの家族のみが列席するひっそりとしたものだった。披露宴もない。
 急遽執り行なわれたこの式を最後まで反対していた少年の姿を思い出して、鳴瀧は肩をすくめた。
 この式の終了と同時に本家の次期当主は弦麻からその弟であるあの少年に移ることがすでに一族内で決定されている。
 それも少年があのように怒る要因でもあるのだろう。
 そして、もう一つ……。
 廊下の行き当たりにあるドアを軽くノックしてから、鳴瀧は扉を開けた。
「冬吾」
 ちょうど部屋では、弦麻が長着を脱いでいるところだった。脱ぎ散らかされた羽織と袴が一様に床に広がっている。
「龍蔵院は帰ったよ」
 今回、式の一切を手掛けた青年を送った旨を伝えると、弦麻がすまなそうな顔をした。
「悪いな。本当は俺たちが行くべきなのに……」
「いや。どちらも明日からのことで忙しいからな」
 微笑いながら、鳴瀧はわずかに胸が痛むのを感じた。
 そう、明日から彼等は旅立つ。
 自らの『宿星』と『縁』に請われるように。
 そして、鳴瀧ただ一人が残されるのだ。
 彼等のいない、この東京に……。
 すべて――彼等に何が起きたかも知りながら、それでも置いていかれる。
 何も知らずに置き去りにされるあの少年とすべてを知りながら何もできずにいる自分。より哀れなのは一体どちらなのだろう。
「冬吾……?」
 ふいに黙り込んだ鳴瀧を訝しむように弦麻が呼んだ。
 その声に我に帰ると、鳴瀧は何でもないというように頭を振った。
「それより迦代さんは?」
 戻ってきた時に邸内には見当たらなかった花嫁を尋ねると、弦麻の顔に苦笑が浮かんだ。
「義父さんたちに連れられて帰ったよ」
「白無垢姿のままでか?」
 鳴瀧が不思議そうに訊いた。
 龍蔵院を送って鳴瀧が屋敷を離れていたのは三十分ほどにも満たなかったはずだ。到底、あれだけの着物の着替えや化粧を落とす時間はないだろう。
 唖然とする鳴瀧の様子に弦麻がさらに笑みを深くする。
「仕方ないさ。愛娘の晴れ姿を親族にも見せたいんだろう」
「まあ、確かに綺麗だったが……」
 長い艶やかな黒髪を結い上げ、角隠しを被った彼女は、彼女の持つ『力』同様、菩薩に例えられてもおかしくない美しさだった。
 だからといって――下世話な話ではあるが――結婚初夜の花嫁を連れ出さなくともと鳴瀧などは思うのだが。
「最初からの約束だから。俺たちは明日からも一緒だけど、あの人達はね……」
 弦麻がそう言い、相変わらず笑みを浮かべたままのその顔に陰が落ちる。
 彼女も、また弦麻と共に行く。いつ帰れるとも知れぬ旅に。
 鳴瀧の元から弦麻が離れるように、彼等の元から彼女は離れていくのだ。だからこそ、弦麻も彼女自身も彼等に連れて行くことを了承したのだろう。
 今夜が彼等にとって彼女を見る最後の時になるかもしれないのだから。
……そして、それは鳴瀧にとって弦麻を見る最後かもしれないということだ。
「……弦麻」
 本当に行くのか。
 喉元まで競り上がったその言葉を鳴瀧はかろうじて飲み込んだ。
 すでに決まったことなのに、そう聞かずにはいられない自分の女々しさに呆れながら、それでも身のうちを蝕む不安から逃れられない。
 二人だけが行くわけではない。
 剣術では鬼才とまで言われた神夷京士浪。
 宝蔵院の流れを組み、自身も長い歴史を持つ龍蔵院槍術を使う九桐要。
 そして、真言では右に出るものはいないという楢崎道心も共にある。
 それに、癒しの『力』を持つ迦代がいる限り、彼女が決して弦麻を死なせることはないだろう。
 そう思いながらも、なぜか強い不安が沸き上がってくる。
 それが表情にも出たのだろうか。
 弦麻の顔がかすかに曇り、言葉もなく鳴瀧を見つめている。
「すまない……何でもないんだ」
 できる限りいつもと変わらぬように笑みを浮かべるが、弦麻の表情は冴えなかった。
 わずかに瞳を伏せると、黒に近い深い藍の瞳が真っ直ぐに鳴瀧を見据えた。
「冬吾。お前はあの石のこと覚えているか?」
「石?……ああ」
 数年前、まだ高校に通っていた頃、鳴瀧が弦麻に与えたものだ。
 ターコイズ。
 十二月の誕生石であり守り石としても知られた石を渡したあの日。雪が散らついていたのを覚えてる。
 袂にいれていたのだろう。弦麻は守り袋を取り出すと、あの日渡した石を手のひらに転がした。
「俺、これを貰った後、葛葉さんから聞いたんだ。この石が持つ意味を」
「意味?」
「そう。ターコイズの持つ力。――『自分に必要なものを見極める勇気と行動力、自己を犠牲にしてまで正しい事を貫く心を与える』」
 弦麻の口許に小さく笑みが浮かぶ。
「昔、……お前が『拳武館』を選んだ時、二人で誓ったな」
 鳴瀧が沈痛な面持ちで頷く。
 あの時、誓った言葉は……。
「己の信じた道を突き進む事。護るべき大切なものの為、自己を犠牲にしても正しき事を貫く……」
「俺は護りたい……。大切な人たちが住むこの世界を。例え、『宿星』が俺を導いたのだとしても、俺は俺の大切なものを護る力をくれたそれに感謝してる。
だからこれは俺の信じた道だ、冬吾。お前が『拳武館』に身を置くように、俺は俺の『宿星』に身を置こう」
 揺るぎない瞳に、視線をそらしたいのにそらせない。
 交わした誓いのままに闘いに赴こうとしている弦麻を止める術などないことを鳴瀧は改めて思い知らされる。
 言葉もなく己を見つめる親友に弦麻は瞳を和らげると、手にしていた石を指で軽くなぞるように滑らせる。すると、青い石はあっけないほどたやすく二つに分れた。
 その半分を鳴瀧の手に握らせる。
「『陰は陽を離れず。陽は陰を離れず』。どれほど肉体は離れても、俺たちの魂は決して離れることはない。これはその証しだ」
 そう言うと、弦麻の顔に少しだけ照れくさそうな笑みが浮かぶ。
「ちょっと、乙女ちっくだけど……」
 その言葉が終わらないうちに鳴瀧の腕が弦麻を抱き寄せる。そこにあるぬくもりを確かめるようにしっかりと抱き締める親友に抗うこともなく、弦麻はなされるがままにスーツに包まれた胸に己の身体を預けていた。

ああ、よかった。やっと、ターコイズの話が書けましたね。
これで『夜魄詠』の話も少しは分かっていただけるんではないでしょうか。
それにしてもまたナゾが増えてるあたり問題あり。
だいたい順番どおりに書けばこんなこともないのにね。
……しかし、この小説。鳴瀧×弦麻と言いつつ一向にいい目 を見れない館長……。ごめん。こっちはシリアスなのさ。
というか、この小説ってもしかして『表』にいくべき……? BY A氏

Web初掲載:2000/01/14
Web再掲載:2000/12/01



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