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 !  必 読 事 項





キャラ設定について
鳴滝/神夷
執筆:A氏
スクロールする前に必ず ココ を読んでね。

夜 魄 詠

 蝋燭の炎が暗く沈んだ場内を照らしていた。
 しかし、その暖かにも見える光が一層闇を濃くし、対峙する二人を深い闇に沈み込ませる。
「……行くのか?」
 老人の言葉に男は無言で頷いた。
「どうしようもないか」
「………」
「己が半身を再び得ようとは思わぬか」
 淡々と告げる老人にも頭を下げたままだった。
「……ならば……行くがよい」
 男はゆっくりと立ち上がると、老人に向かって頭を下げた。
 そのまま音もなく、道場を後にする。
 老人は無言のまま、それを見送った。
 蝋燭の炎が、開いた扉から吹き込む風に激しく揺らぎ、ふつりと消えた。



 男が道場から出てくると、月はすでに真上にまで差し掛かっていた。
 ちらちらと空から落ちてくるものを見るともなしに、白い息を吐くと、男は改めて門を振り返り、頭を下げた。
 老人には娘しかいなかった。だから、尚更、男に目をかけ、後継者にと望んでいたのに。
−−その思いを無残に踏みにじったのだ。
「……あいつは怒ると思うか?」
 自嘲するように笑うと、男は道の先、おぼろに照らす街灯を見た。正確にはその下、丸く浮かんだ光に佇む人影を、だ。
 身にまとった黒い外套のせいか、それは晧い光に濃さを増す影そのもののように見えた。
「……てめェが決めたことにあいつが口出しする訳ねェだろ」
 男の問いに答えるようにその影が小さく言葉を刻む。右手から長く伸びた棒のようなもので、苛立たしげに己の肩を叩いた。
「それとも……んなコトまで忘れたのかよ」
 声を荒げたわけではないのに、瞬間、大気が大きく震える。
 音もなく降りしきる雪が俄かに激しさを増し、二つの影を白く染め上げていった。
 影のような男を沈黙のままに見つめていた男の口許にふと笑みが浮かんだ。
 笑うというより無理やり顔を歪ませたようなそれに、黒い外套の男が目を細める。
「奴との誓い……忘れたわけじゃねェよな」
 その言葉に男はますます顔を歪ませた。
「『己の信じた道を突き進む事。護るべき大切なものの為、自己を犠牲にしてでも、正しき事を貫き通す心。それを忘れてはならぬ』」
「……………」
 男は眼前の黒衣の男を見た。
 その瞳は暗く熾火のように沈んでいた。
「だが、俺にはその護るべきが、もう……何もないんだ」
「……それはお前の望みか?」
 黒衣の男がその視線を静かに受け止める。
「お前には、本当に何もないのか?」
 それは奇しくも、かの老人が男に言ったものと同じだった。
「あいつの思いを……踏みにじれるのか?」
 ごうと二人の耳元で風が哭いた。
 獣の咆哮にも似た唸りに男はふと空を見上げた。そこに月はない。雪を零す黒い雲に覆い隠され、形すら窺うことはできなかった。
「俺には何もない」
 雲に隠れた月。
 光を失った闇。
 そこに己の姿を見出だし、男は呟いた。
 感情を喪ったような平坦な声だった。
「……俺は……あの時止めるべきだったのだ。何と思われようとも、どんな手を使おうとも、俺の元に止どめておけば……そうすれば」
「お前にそんな芸当できねェよ」
 闇夜に沈む声を黒衣の男が鋭く遮った。
 男の瞳がゆらりと、眼前の影のような男を再び見据える。微かな怒りがそこに見え隠れしていた。
 それに怯むことなく、影が続ける。
「……あいつは自分の心を最後まで貫いたんだ。−−誰かに止められるはずがない。あいつのことを一番よく知っているお前なら尚更だ」
「………………」
「鳴瀧。自分を責めるのはよせ。お前はあの場にいなかった。俺はあの場にいながら、あいつを止められなかった。……責められるは俺たちの方だ」
 黒衣の男は左手で己のポケットを探ると、小さな石を取り出した。それを無造作に男に放り投げる。
 反射的に受け止めて、男は掌のそれに視線を落とした。
 街灯に鈍く光る青い石。
 それは別離の時、交わした誓いの証しだった。
 互いにどれほど離れようとも、魂は共にあるのだ、と。
「神夷………」
「岩戸の前で拾った。あいつが……弦麻があの男と闘りあった時に落としたんだろう。……それが何を意味するか分かるな?」
 男は静かに光の下に佇む黒い姿を見た。
 しばしの逡巡の後、ゆっくり頷く。
 影のような男はそれを認めると、初めて口許にうっすらとした笑みを浮かべた。
 だが、次の瞬間、言いたいことはそれだけだと言わん許りにそのまま外套をひるがえし、街灯が作る光の輪の下から闇の中へと足を踏み出そうとする。
「神夷……っ!」
 思わず、男は呼び止めた。
 しかし、外套の男は振り返ることなく軽く手を振って見せると闇の中に溶けるように消えていった。
 男はそれを見送ってから、掌の石に視線を落とした。
 澄んだ空のように青く輝く、誓いの石。
「弦麻」
 彼は、ずっとこの石を持っていたのだろうか。
 命を賭けた死闘の最中も。ずっと。
 ならば、自分−−いや、自分の魂だけはずっと彼と共にいた。そういうことのだろうか?
「……弦麻」
 だが、本当に望んでいたのは、そんなことじゃない。
 こんな石などで介することなく、ただお前の側にあること。
 呼吸を感じるほど近くに。
 ぬくもりを分かち合えるほど側に。
 魂だけではなく、躯をも共にありたかった。
「だが、お前は……逝ってしまった」
 幼かった頃の『誓い』を護って。
『己の信じた道をいき、護るべき者の為に己を捨てよう』  なんと、幼く甘さに満ちた言葉だったのだろうと今は思う。
 残される者の思いなど何一つ考える事のない、ただ自分に酔った愚かものの戯れ言だ。
……その戯れ言のままに彼は命を落としたのだ。
 男はゆっくりと掌を閉ざした。
 硬い石の感触が皮膚を通して伝わってくる。
「やはり俺には、もう何もないようだ。……だが、弦麻。お前にはあったはずだ」
 『死』ではなく、『生』きてしか為し得ない何かが。
 それでも。
 彼はもういない。
「ならば、俺はお前の代わりにこの世にあろう。
お前が為そうとしたことを、俺が代わろう」
 陰と陽は同一の存在。
 その半身を失った現在でもそれは決して変わることはない。
「ただ、そのために俺はこれからも生きていこう」
 光のない闇の世界を。
 いずれ来たる時のために。
 遠い日、交わした『誓い』のように男は石に恭しく口付けると、ゆっくりと瞳を上げた。
 街灯の照らす光に舞い落ちる白い結晶が浮かび上がり、黒雲の合間から霞のように現れた月とともに男の立つ暗い道を静かに照らしていた。

ええと、まずは誤解なきように。『石』云々と鳴瀧が流派を抜けたのはオフィシャル設定です。
(詳しくはプレリュード文庫の『双龍変』の3・4巻を見るべし)
こっちでも、そのうち(マスターが許してくれるなら(笑))石の話は書く予定です。
そして、誰か俺と一緒に鳴弦の話をしてくれ BY A氏

Web初掲載:2000/10/22
Web再掲載:2000/12/01



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